東洋医学の診察法である望聞問切のひとつに聞診があります。
聞診は、聴覚と嗅覚からの情報収集です。声のトーンや発語が明瞭か、応答がスムーズかなど言語・音声から情報を得たり、咳や呼吸音、腸の蠕動音、または心音などを聴診したりすることで状態を把握します。
また体臭や吐物や下痢、痰などの分泌物の臭気も参考になります。匂いを聞くというと奇妙に聞こえるかもしれませんが、香の世界では、香りを嗅ぐことを聞香と称します。
聞香とは、文字どおり、香炉から「香りを聞く」ということであり、嗅ぐのとは異なり、心を傾けて香りを聞く、心の中でその香りをゆっくり味わうという意味です。微妙な香りの違いを耳を澄まして聞くように嗅ぎ分けるのだと思います。香りのマイスターですね。そのような意味では、患者さんの声なき声を聞くというのも聞診といえるのかもしれません。
たとえば、認知症の患者さんにおいては、会話の受け応えがしどろもどろであったり、まとはずれな返事であったりすることはよくあります。しかしそんな人であっても、保たれた自我から発せられた言葉であるかを区別することが大切です。
たとえば、「昨日、Aさんが会いに来てな」と話す患者さんの場合、Aさんが他界した方であったとしても、本人の中でその記憶をきちんと受け止めて話されていれば、その人にとっての危険信号とはありません。
一方、我を失って、妄想の世界から言葉を発しているときは、病状の進行あるいは、何らかのライフイベントの影響をさぐる必要があるのです。目つきななどとともにいつもの声とトーンが違うときは注意が必要です。また健常者であっても、頭が働かず声が出てこないことがあります。
これは血虚証といって、血の栄養作用が不足しているときにボートして頭が働かない時にで出てきます。睡眠不足やコロナ後遺症のブレインフォグなども血虚証の側面を考慮する場面があります。
いつもより弱々しい声のときは、気虚証などの気のエネルギー不足が疑われます。声の調子に怒気があるときには、肝気欝結というストレス状態にあるかもしれません。また痩せて元気がないはずなのに、妙に声が甲高くイライラ感の強いとがった声の場合、陰がさらに虚して化熱した陰虚陽亢という状態かもしれません。
そして患者さんが何もいわなくても、患者さんの声と表情から心の声が聞こえてくることがあります。このような聞く力もまた聞香に通じる聞診の極意といえます。
次に実際の匂いを嗅ぐ聞診について述べます。一般的には淡白な匂いは虚証、寒証を濃厚な匂いは実証、熱証に捉えられることが多いです。口臭で濃厚な匂いであれば胃熱と弁証し、黄連を含む清熱剤たとえば半夏瀉心湯を選択します。胃食道の逆流による場合は理気作用のある枳実を含む方剤たとえば茯苓飲を選びます。
食物の志向や食べる時間帯も重要で、寝る前にお腹いっぱい脂っこい食事をとると、胃熱が生じ安く口臭の原因になります。喀痰において粘って色の濃い生々しい匂いの痰は実熱証で清肺湯などの処方が、薄くて量が多く、水っぽい痰の場合は、裏寒証として小青竜湯や、苓甘姜味辛夏仁湯などが適当となります。
婦人の帯下についても同様です。実際に嗅ぐ機会は少ないですが、患者さんや母親などの家族が実際に嗅いだ印象を教えてくれます。臭気が強く粘った帯下の場合は濕熱証として五淋散などの処方が適応となりますが、臭気があまりなく、さらさらとした水のようで量が多い場合は陽虚水滞、裏寒証として苓姜朮甘湯や附子理中湯などの温性の方剤が適応となります。
吐物についても臭気が強くネバネバした吐物は、黄連を含む半夏瀉心湯などの方剤が、喉が渇いて水を飲むが、その後噴水のように薄い水液を多量に吐く場合は、水逆を治す五苓散の適応となります。
また実熱証のときには、瀉方として大黄を含む瀉心湯や承気湯類の適当となる場合をあります。
大黄剤は解毒剤としても用いられ、たとえば下痢していても便の臭気が強い実熱毒素型の細菌感染症では、下痢をしていても敢えて大黄剤で下すことによって、病毒を速やかに体内から除き解毒する治療を選択すべきと時があるのです。
このように聞診においては虚実寒熱の判断が重要となり、最終的に望聞問切の四診を合算して患者さんの『証』を判断して東洋医学的に病態を把握して治法を決定していくことになります。
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