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望診の実際

峯 尚志

顔色をみる

「常色」と「病色」

望診でみるものとして神・色・形・態があります。神は精神や元気の様子でしたね。今回は色の話です。色には舌の色,皮膚の色などいろいろありますが,顔色についてお話ししたいと思います。

顔にはその人のすべてが表れるといいます。イスラム圏の女性を除いて顔を隠して歩く人は,あまり

いないようです。女性の化粧もまたどう化粧し、美しく装うかも含めて望診に含めると奥が深いように思います。

少年の顔は無垢ですが,深みはまだありません。乙女の顔は春に華が咲くように,薄ピンク色で生気

にあふれています。うら若き乙女の顔も,年齢とともにシミ・シワ・タルミが出てきますが,老人の顔

はそのシワの一本一本にその人が生きてきた年輪が刻まれています。良きにつけ悪しきにつけ,深く生

きてきた人の顔は深く含蓄が出てきます。健康な人(日本人)の顔色は明るい薄ピンク色で

すが,やや黄色みを帯び(胃気がある),潤いがあり,光沢があります。これを「常色」といいます。北国の人は白く,南国の人は黄色や日焼けによる黒褐色が混じっているかもしれません。常色は,年齢や性別,住んでいる場所によっても異なることに注意してください。

「常色」に対して,青・赤・黄・白・黒などの病的な色を呈したり,色がくすんだり艶のない病人の顔色を「病色」といいます。

顔にすべてが表れる

私が先生方と症例検討するときには,できれば顔写真を持参してもらいます。そうすると何も語る必要はありません。その人の生きてきた人生,その人の性格,その人の生活態度,その人の元気,その人の体調,すべてが顔に表れています。写真を見ながら私が,「この人,月経前に胸が張って痛い人ですね」とか「この人,焼肉とラーメンが大好きですよね」とかいうと,最初はびっくりして「なんで,わかるんですか?」と聞かれますが,2,3カ月経つと「先生,この人,最近失恋したんじゃないです

か」とか「この人,しゃべりだしたら止まりませんよね」などと言うようになります。漢方医学では,その人の体質や嗜好,暮らしぶりもとても大切な情報なのです。


顔色と五臓の関係(表)

顔色の話に戻りましょう。漢方では,五臓に色が配当されています。肝は青,心は赤,脾(胃腸)は黄色,肺は白,腎は黒というセットになります。青くなるのは,冷えて血流が悪くなったとき,筋肉がひきつって痛みがあるとき,痙攣を起こしているとき(肝風内動といいます)などがあります。顔が赤いのは熱の症候です。熱いものは上にあがりますから,興奮してカッカしているときは,顔が赤くなります。一方,足が冷えているのに顔だけのぼせて赤い場合があり,これは虚熱といいます。赤い色がさらに深くなり,絳色を呈する場合は身体の深いところまで熱のある状態(血熱)を示します。

胃腸が弱ると身体の水はけが悪くなり,むくんだり,身体が重くだるく感じるようになります。顔色も黄色くくすんできます。肺気腫,結核など肺が弱い人は,胃腸も弱る場合が多く,瘦せて,声も小さくかすれて,白い顔色をしています。もちろん貧血でも白くなります。冷えている人の顔は青白いものです。腎不全の人は顔色が黒くなります。肝腎同源という言葉がありますが,肝硬変の人も顔色が黒くなります。

病が長引いて気血が滞るようになると顔色はだんだんくすんできて艶がなくなり,黒くなります。

表 顔色が示す体の不調

隠れた色をみる

さらに色に隠れた色をみます。色がくすんで鮮やかさがないのは,病気が長引いて気血が停滞したり消耗している証拠です。また,静脈や毛細血管レベルの血流が悪い状態を瘀血といい,青紫色が出たり,赤黒くなったりします。下肢の静脈瘤などは瘀血の代表所見です。女性は月経があり,骨盤内がうっ血しやすく,瘀血になりやすいのです。下腹部に圧痛や抵抗がある場合は瘀血を疑います。瘀血の所見が局所的にみられる場合は,その局所の血液の停滞と同時に,その経絡上に血の滞りがあると考えて,ツボを押さえてみるのもよいでしょう。色だけをみるのではなく,明度や彩度も観察し,色の奥にあるものも同時にみて,今起きている急性の変化をみると同時に,その人がどんな生き方をしてきた結果その色になったのかを興味をもってみることが大事だと考えています。




形・態をみる

体格をみる

今回は形・態,すなわち体格や体型,および姿勢や動作の望診についてお話しします。

まず体格のお話からです。一般に骨格が太く,胸郭が厚く広く,筋肉が充実し,皮膚も引き締まって潤いがある人は身体強壮であるととらえます。このような人は,内臓機能も充実し,気血が旺盛で病気になりにくく,また病気になっても回復しやすい人と判断します。一方,骨格が細く,胸郭が薄く狭く,筋肉が瘦せて,皮膚は枯燥している人は身体が虚弱であるととらえます。このような人は,内臓の働きも弱く,気血が不足し抵抗力が弱くて病気になりやすく,病気になったら治りにくい人と判断されます。やはり見た目は大事ということになりそうです。

見た目と五臓との関係で言いますと,心の働きが良い人は顔色が良く,脈が緩やかです。肺の働きの良い人は皮膚がきめ細やかで光沢があります。脾(胃腸の働きの良い人は,筋肉が充実しています。肝の働きの良い人は,筋肉や関節の動きがなめらかで,バランスのとれた動きをします。腎の働きの良い人は骨格が充実して成長発達が良好です。

肥満と痩せ

次に肥満と痩せについてお話しします。

日本漢方では肥満を,お腹が気になる脂肪太りタイプ,がっちりたくましい固太りタイプ,ぽっちゃり色白の水太りタイプの3つに分けています。

脂肪太りタイプは,食べすぎと運動不足で消費しきれなかった栄養分が脂肪として蓄積されたもので,便秘を解消し,基礎代謝を高める防風通聖散などが用いられます。内臓脂肪が蓄積されたメタボリック症候群では,痰(粘った液体,過剰にたまった脂質など)という病理物質が身体にたまった痰飲病を起こしやすい人で,暑がりで体臭があり「湿熱」の病気(脂肪肝など)を起こしやすい人です。固太りタイプは,基礎代謝は高いのに,ストレス食いなどでそれを上回るエネルギーをため込んでいます。このような人は,ストレスを緩和し,自律神経を整える大柴胡湯などが処方されます。一方,同じ肥満でも色白でぽっちゃり水太りの人は,脾や腎の働きが弱く,飲(うすい液体)が身体にたまって,冷えやすく,しばしば身体が重くだるいと訴えます。このような体質を陽虚体質といって,身体の水分代謝を高める防已黄耆湯や真武湯などが用いられます。身体が細く,痩せていて食が細く,軟便傾向で疲れやすい人は脾が虚弱な人です。四君子湯や六君子湯が用いられます。

一方,痩せているのに意外と大食いで,イライラして手足がほてるという方は,陰血が消耗している人です。喩えていうと,身体の中のラジエーターの水が足りない状態で,オーバーヒートしやくなるのです。痩せているのに,カッカ,イライラと怒りやすいお年寄りや婦人が近くにおられたら漢方の六味丸や知柏地黄丸を勧めてあげてください。

肥満と痩せによく用いられる方剤 表


姿勢と動作

次に姿勢や動作についてですが,例えば喘息や心不全で起座呼吸となるといった見方は,西洋医学的視診とかさなりますので,今回は述べません。診察室で,身を乗り出して話を聞こうとする人はボクシングのファイティングポーズのように身構えている人です。ストレスで常に緊張しており,肝気の高ぶっている人でしょう。貧乏ゆすりをする人は,神経質で肝気が虚弱で高ぶっているのかもしれません。一般に年齢とともに,腎気が衰え,腰椎が後弯し膝は外に開き,胸は前かがみになります。しかし,若い人でも病人さんは気がふさいでいるので,前かがみになる人が多いようです。胃腸が弱くても前かがみです。抑うつ気分でノルアドレナリン・セロトニン系の働きが悪くなると姿勢筋の緊張が低下して前かがみになります。ただし,形だけで人をみるのは,厳に慎みたいものです。昔,八甲田山の山頂で,顔が地面に着きそうな究極の前かがみで,懸命に歩いているお年寄りに出会い、写真を撮らせていただきました。「おばあちゃん,はいポーズ」撮った写真を見てびっくり,背筋をピンと伸ばして満面の笑顔です。労働で鍛えぬいた前かがみに脱帽でした。

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