望診から処方へ
- 峯 尚志
- 2023年6月17日
- 読了時間: 6分
4つの瞳
最後に症例提示をして、望診の例を提示したいと思います。
「目は口ほどにものをいう」といわれますが、今回は,目の望診が治療方針に有用であっためまいの2症例を提示いたします。目の望診では有神か無神か,すなわち心身のエネルギーが充実しているか,衰弱しているかの診断が重要になります。4つの瞳をみて,どんな印象をもたれるでしょうか。
症例1
38 歳,女性。身長 156㎝,体重 49㎏

X年6月のある日,一人の女性が,緊張した顔つきで受診されました。主訴は回転性のめまいと耳鳴り,難聴です。3月頃から耳閉感が毎日あり,身体のむくみを自覚されていました。5月に入り突然天井がグルグルと回り出し,頭痛と吐き気を自覚し,起き上がれなくなりました。難聴を伴い,耳鼻科にてメニエール病と診断されました。投薬でいったん症状が軽減したものの,2週間後に症状が再燃。その後は投薬を受けても症状は改善せず,耳鼻科ではこれ以上の治療はないと言われて,漢方治療を求めて来院されました。問診をとりますと,職業は検品の仕事で眼精疲労があり,口が苦く,慢性的なストレスがあり,脇や腹が張り,こむら返りをよく起こし,瞼がときにピクピクと痙攣します。肝鬱気滞・肝血不足・肝風内動として逍遙散加減の処方をしました。しかし,もうひとつ治りがよくないのです。そこでさらに詳しく問診をします。雨の前の日は調子が悪く,小便の出が悪く,黄色粘稠の帯下が出るといった湿と熱の症候がある一方で,手足が冷える,温かいものが好きといった冷えの症状もあって判断に迷います。そう思いながら患者さんを見ると,写真1のように,異様にギラギラと光る目をしているではありませんか。さらに驚いたことに,視点が目の前 20cmほどの一点にしっかりと固定されているのです。
「その目はいったいどうしたんですか? お仕事について詳しく教えていただけませんか」と聞きました。「実は半年前から,工業用の部品を顕微鏡で覗いて検品する業務に変わって目を酷使していたんです。根をつめると眉間をキリでえぐられるような頭痛がします」という答えが返ってきました。患者さんはものすごい集中力で顕微鏡を見ていたに違いありません。その集中力があだになり,目に五臓のエネルギーが過剰に集中したのです。とりわけ目は肝の窓といわれ,肝胆系の湿熱が目に停滞しているものと考えて一貫堂の竜胆瀉肝湯を処方しました。そうするとみるみる効果が現れて,変方後2週間でめまいが消失し,難聴も治癒しました。どうやら正鵠を射ることができたようです。目の望診によって優先すべき情報が得られ,治癒に導くことができました。
症例2
37 歳,女性。身長 155㎝,体重 48㎏。2児の母。

X年3月,途方に暮れた様子で一人の女性が来院されました。心身喪失の様子で,地方から出てきた実家のご両親が付き添われています。話を聞きますと,最近,急に頭がボーッとしてモヤがかかったようになり,常にフワフワと身体が揺れていて立っていられず,何も考えられないのだそうです。しかも症状は,日に日に悪化しています。家事の段取りができない,荷物の準備ができない,自分のことがよくわからない,危険予測ができない,今何をすべきかわからないと,ないないづくしの訴えです。認知症になっていくようで不安で呆然とされています。写真2のごとく,目はうつろで全く力がありません。6歳の長男は小学校入学を控え,2歳の長女はまだ手がかかり目が離せません。そんな中,夫が単身赴任となり,不安が募ります。過労による気血両虚証と気の下陥証として補中益気湯合四物湯の加減を処方しました。しかし,2週間服用しても改善がみられないのです。もう一度目をみ ますと,うつろな瞳の中にある種の思いが感じられます。自分は絶対に脳に異常があるという思いから彼女 は,何度も脳の CT や MRI を撮りに行きますが,異常は認められません。このようにある種の思いがとりついて離れない場合,甘麦大棗湯が有効です。凝り固まった観念を,その甘味で和らげてくれるのです。甘麦大棗湯の加減で気分が落ち着き,やりたいことを覚えておけるようになり,1週間後,不安は 1/10 となりました。2週間後,自分が何をしゃべっているかがわかるようになり,めまいは改善し感情が蘇ってきたと言います。そこで,もう一度補中益気湯合四物湯を処方したところ,頭のボーッとした感じが消失し,2カ月間の服用後,治療終了となりました。気血両虚の証,不適切な信念体系を目の望診によって捉えたことが,治療に役立ちました。
「目隠し」で失われる情報
漢方医学では目は肝の窓といわれ,肝との関係が深いとされています。同時に目には五臓六腑の精気が流れ込んでいるというように,全身の精気の様子が目をみることでうかがえるわけです。
症例1では,患者さんの目から出る異様なエネルギーに圧倒されました。目の望診が,肝胆の実熱証に用いられる竜胆瀉肝湯を処方する決め手となりました。
症例2は一転して力のない気血両虚証の目で,精の消耗があるようです。しかし絶対に脳に障害があるはずだという不適切な信念体系が病態を修飾しており,一時的に甘麦大棗湯の加減を処方し,落ち着いたところで気血両虚の処方に戻したわけです。プライベートな勉強会で症例検討をするときは患者さんの顔写真を見ながら行うことがあります。そうすると病歴や主訴を聞く前から,望診が始まります。とりわけ目の情報量はすごいのです。プライバシー保護のため,オープンな症例検討では目を隠してプレゼンテーションされますが,そこで失われる情報が実は多々あるのです。今回は逆に目だけを提示して症例を考える試みをいたしました。
おわりに
「望診入門」という言葉を聞いたときに,「how to 望診」ということを期待された方もおられると思います。しかし「先入観をなくして患者さんをみる」という行為が望診だとすれば,「顔色がどす黒いのは腎が悪い」などと安易に結びつける のでなく,とにかくまず患者さんを望てほしいのです。理論はその後です。したがって理論に関する記述はできるだけ少なくして,同じことを言葉を変えて,何度も繰り返してきたのが,今回の「望診入門」でした。望聞問切の四診は望診に始まり望診に終わります。そして望診は診断のみではなく,患者さんとのコミュニケーションや治療に結びついてゆくことを最後に強調させてたいと思います。漢方医学はふところの深い医学であり,治療は融通無碍です。現代社会は物と情報に溢れ,望るという能力はむしろ退化しているように感じます。日本人は四季折々の変化に敏感で、厳しい変化にも順応できる民族です。繊細な感覚を持ち、本来望診の能力にたけている民族だと思います。この論説が少しでも望診について思いをはせる機会になれば幸いです。
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